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# 『こども展』
こんにちは、蓮です。

日本に今どれくらいの美術館が存在して、年間どれくらいの企画展が行われているのか、数えたことがないのでわかりませんが、東京だけでも相当数にのぼるのは間違いないでしょう。企画展の切り口は色々です。パッと思い浮かぶものといえば、特定の作家を取り上げる回顧展・個展的なもの(現在開催中のものでは『デュフィ展』『ルドルフ・シュタイナー展』など)、一つの流派にフォーカスしたもの(同じく『オランダ・ハーグ派展』など)、特定の国や時代、或いはある美術館の一コレクションに絞ったものなどでしょうか。

しかし、それらから離れて自由にテーマを設定した展覧会こそ、ある意味、学芸員ら企画者の腕の見せ所でもあり、また、時に時代や流派を超えて作品が集められるだけに、比較しながら鑑賞する面白さがあったりもします。山種美術館で開催中の『クールな男とおしゃれな女』は、浮世絵から現代の洋画・日本画までを、日本男女の装いに着目して紹介するものですが、これもそうした企画展の一例と言えるでしょう。

先日、六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の『こども展』に行ってきました。これも、「こども」という切り口で、時代や流派を超えて様々な絵画作品を集めた展覧会です。「印象派」「ポスト印象派とナビ派」のように、流派別に構成されたセクションもあるのですが、中には全く違うタイプの作品が隣り合わせに並んでいる所もあり、そうすると、主題が同じなだけに尚のこと各々の特徴が際立って見えてきて、興味深いものでした。

一例を挙げれば、ギョーム・デュビュッフの『ポーシャン伯爵夫人とその子どもたち』は、端正な筆致で、ある種の理想化された家族像を、衣服のひだ一つ一つまで写実的且つ美しく再現しようとしている1895年の作品ですが、そのすぐ傍に架けられたモーリス・ドニの『夕方に塔の傍らで』は、30年の歳月を経て全く違った様式の絵画が登場していることを、まざまざと示していました。

学生時代、ナビ派の理論的支柱とも言える彼の、「絵画とは、軍馬や裸婦や何らかの逸話である前に、本質的にある一定の秩序で集められた色彩によって覆われた平坦な表面」なのだという文章を読んだ際には、当然と言えば当然の“絵画の一つの本質”を鋭く直截に言い当てたその言葉に感銘を受けたものです。そんな彼の作品ですから、デュビュッフと同じように家族像を描いてはいても、そこではもはや人物の顔と衣服と背景の質感に殆ど差は無く、また、デュビュッフの家族像が如何にも肖像画然としているのに対し、ドニの方はある風景の中に見える家族の姿−言ってみれば、ポートレート写真とスナップ写真くらいの違いがあるのです。

他にも、全セクションを通してみると、19世紀初頭のアカデミックな作品から、印象派やフォーヴィズム、キュビズムを経て、アール・デコ、エコール・ド・パリなどの20世紀具象絵画に至る様子が、「こども」という一つの画題を通じて浮かび上がり、絵画史に馴染みのない方でも、なんとなくその変遷やそれぞれの特徴を掴みやすいのではないかと思います。

なお、六本木での開催は6月29日(日)までの同展ですが、その後、大阪市立美術館に巡回するそうです。

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こども展』、関西での開催は大阪市立美術館で7月19日〜10月13日だそうです。絵画史に疎い私には勉強にもなりそうな企画展です。Toko
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