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# マリソル・バジェス・ガルシアについて
「シウダー・フアレスへ今すぐ来い。
 さもないと…(分かってるな)。」

2011年3月1日、マリソル・バジェス・ガルシアのところに一本の電話が入った。その身の毛もよだつ口調から、彼女にはすぐ声の主が分かった。その声はその四ヶ月前から脅迫の電話を彼女にかけ続けていたのだ。

「お前さん、幼い息子さんがいるねえ。それに家族も。家族を守ったほうがいいと思うんだがねえ…。」

マリソル(当時21歳)は、シウダー・フアレスの大学で犯罪学を学ぶ学生だった。と同時に、その近郊にある人口約1万人の町、プラセディス・グアダルーペ・ゲレロの警察署長であったのだ。その6ヶ月前、彼女がその大役を引き受けることになった時、マリソルのほかに警察署長を引き受ける人がいなかったという。彼女は、自分の息子が地元でかつてのような平和な暮らしができるよう、意を決して警察署長に就任したのだ。昔はのどかな田園地帯であったこの小さな町は、麻薬密売組織(カルテル)の密売ルートの経由地と化してしまっていた。2008年頃からカルテル間の抗争が激化し、白昼堂々の殺人が日常化。たちが悪いのは、こういったカルテルは当局を ものともしないどころか、「みせしめ」として警察官を拉致しては残虐な殺害を行ってきた。そう、いまやシウダー・フアレスは(戦争地帯を除く)世界で最も危険な街とまで言われている。

声の主は 警察署長であろうが お構いなしに、彼女にこう言い渡した。

「来るんだな。さもなければ…」

一児の母である彼女は「さもなければ…」という言葉の意味を知っていた。そしてその数分後、母親から「家の周りを見慣れない車がうろついている」との電話を受ける。彼女はすぐさま夫に電話をして一歳の息子を連れ出すように告げる。続けて彼女は、二人の姉と両親にも連絡をとった。ものの30分で家族全員が動ける状態になった。大きな荷物は何も持たず、友人の運転する車で向かうはテキサス州との国境だった。

亡命者としてアメリカへの一時避難が許されるには、しかるべき説得力のある理由が必要なのだが、彼女の場合は全く問題なかったようだ。もはやメキシコ政府でさえも彼女を守ろうともしない、あるいは守ることは不可能なのだから。かつて「メキシコ一勇敢な女性」と謳われた彼女は今、アメリカの都市 エル・パソの近くに潜んで暮らしている。

(本日は国際女性デーにちなみ、カテゴリ「WOMEN」でお届けしました。)

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