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# インディラ・ガンディーの言葉(4)
 こんにちは。さふらんです。田に水が入り麦の青い穂が揺れるさわやかな季節になりました。今日はインディラ・ガンディーの言葉、最終回です。

《不死鳥インディラ》
 前回は、会議派が下野し、インディラ本人も逮捕されてしまったところで終わっていました。このときインディラはすでに60歳でしたが、ここで退く彼女ではありませんでした。1980年に行われた総選挙では会議派が再び政権を奪還、インディラは自身三度目となる首相として就任します。政治生命の終わりと言っても過言でない状態から見事に表舞台に復活したインディラは、不死鳥と例えられました。
 1984年6月、インディラはブルースター作戦と名付けられた軍事作戦を敢行しました。この作戦は、シク教分離主義者がシク教の総本山である黄金寺院に立てこもったことを受け、インディラがインド軍を投入しての事態収拾を図った作戦でしたが、双方合わせて500名以上の死者を出す悲惨な結末となりました。シク教コミュニティーのインド政府、そしてインディラに対する反感が強まり、側近はインディラにシク教徒の警護官の解雇を進言しますが、彼女は耳を貸さなかったといいます。

《インディラの死》
 しかし作戦の4カ月後の1984年10月、側近の危惧は現実になりました。インディラは、本来彼女を護衛すべき警護官の手で暗殺されてしまったのです。鉄の女、不死鳥と呼ばれたインディラの最期でした。
 死を迎えるインディラの脳裏をよぎったのはどんな思いだったでしょう。一説によると、当時インディラは既に自らの死を覚悟していたといいます。今日紹介するのはそれを裏付けるかのような、インディラが生前に自らの死について記した言葉です。

“If I die a violent death, as some fear and a few are plotting, I know the violence will be in the thought and action of the assassin, not in my dying, for no hate is dark enough to overshadow the extent of my love for my people and my country; no force is strong enough to divert me from my purpose and my endeavour to take this country forward”
「私が暴力的な死を迎えることになったとしても...それを恐れる者もいれば、中にはそれを(実際)企んでいる者もいるように...もし私が暴力的な死を迎えることになったとしても、暴力は暗殺者の思考や行為に存するのであって、私の死そのものにあるわけではない。なぜならば、どれほど深い憎しみも、私の祖国への愛、民への愛に陰りを落とすことはできないからだ。どのような力をもってしても、この国を発展させるという使命やそのための努力から私を引き離すことはできない。」

 インディラ・ガンディーの言葉を鍵に、彼女の人生をかけ足で辿ってみました。本編は今回で終わりですが、できれば次回は番外編として、個人的に心に留まったその他のインディラの言葉をいくつか紹介してみたいと思います。

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